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北海道胆振東部地震② 明かりのない街。

執筆者の写真: -はるか- 札幌ラーメン悠
-はるか- 札幌ラーメン悠
3 日前
読了時間: 3分

次の日。

起きて、とりあえず家のすぐ近くにあるコンビニへ行ってみました。

何もない。

弁当もない。

飲み物もない。

体を拭くシートみたいな物もない。

多分、酒なんかは真っ先になくなったんじゃないでしょうか(笑)

なのに、

カップ麺だけはやたら残ってる。

まあ、お湯沸かせないですからね。

そりゃ残るか。

H川君に連絡して、とりあえず一緒に店へ行くことにしました。

電気はまだ戻っていません。

当然、冷蔵庫も止まったまま。

「このまま腐らせるくらいなら、なんか食うか」

となって、

店にあるもので適当にカレーライスを作りました。

二人で食べて、

洗い物はそのまま。

すすきのは断水していて、自宅も断水。

洗い物どころではありません。

「このあと、どうする?」

営業もできない。

家に帰っても電気も水もない。

とりあえず二人で街をブラブラしました。

スマホの充電も減っていく。

そこでH川君が持っていた車に乗って、

車でスマホを充電しながら待機することにしました。

時間が経って、夜になる。

普段ならネオンや看板で明るいすすきのから、

どんどん明かりがなくなっていきました。

少し車で走っていると、

海外から来た旅行者たちもいました。

当然、みんな混乱しています。

その中から聞こえてきた、

「Fuck……」

そりゃそうだよな、と思いました。

知らない土地。

しかも海外旅行に来て、

いきなり大きな地震。

電気もつかない。

水も出ない。

信号も消えている。

店も開いていない。

日本人の自分たちですら何が起きているのか分からないのに、海外から来た人ならもっと不安だったと思います。

一方で、街を見ているといろいろな人もいました。

無料で炊き出しをしている店。

普段よりグッと値段を下げて、半額くらいでラーメンを出している店もありました。

そこは電気がないので、

ランタンで店内を照らしながら営業していました。

自家発電設備を持っているビルもあったようで、

その中に入っている店舗のオーナーが、

「誰でも携帯の充電しに来ていいよ」

と開放しているところもありました。

そうこうしているうちに、

H川君の後輩も合流。

さらに何人か集まってきました。

そして彼らも酒を飲むらしい。

でも、よく見るとH川君たちだけじゃありません。

すすきののあちこちで、

大勢の人が暗闇の中、道路の路肩に座って仲間たちと酒を飲んでいました。

おそらく近くの店同士の知り合いや、常連客なんかもいたんだと思います。

電気の消えたすすきの。

暗い路上に座って酒を飲む人たち。

そして酔っ払って、

フラフラと歩き出す人。

その光景を見て思いました。

バイオハザードと何ら変わらない。

暗闇の中から、

フラフラ……。

フラフラ……。

ゾンビそのものです(笑)

普段は日本でも有数の明るい繁華街。

そのすすきのが真っ暗になって、

路上にはゾンビ……

いや、

酔っ払いたち。

今思い返しても、

あの夜のすすきのは異様な光景でした。

北海道胆振東部地震③へ続きます。


 
 
 

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