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北海道胆振東部地震③ 街に明かりが戻った。

執筆者の写真: -はるか- 札幌ラーメン悠
-はるか- 札幌ラーメン悠
12 分前
読了時間: 3分

次の日。

昼過ぎに自宅で目が覚めました。

自宅は幸い、断水していなかったので水は使えました。

なんやかんやしていると、

すすきのにいる知人から連絡が来ました。

「電気通ったぞー!」

おお、マジか。

夕方、店へ向かいました。

すすきのへ行ってみると、少しずつ街に電気が戻り始めていました。

ただ、まだ全部が元通りというわけではありません。

明るくなった場所もあれば、まだ暗い場所もある。

とりあえず店に入って、まずは片付け。

そして冷蔵庫と冷凍庫の中を確認します。

当然ですが、ずっと電気が止まっていたので、

中に入っていたものは全部処分。

これが本当に胸が痛い。

丹精込めて仕込んだ餃子。

チャーシュー。

その他の仕込み。

全部、自分の手で捨てなければいけません。

大袈裟かもしれませんが、

手塩にかけて育てた息子や娘を、自ら崖から突き落とす。

そんな気分です(笑)

「今まで大事に育ててきたのに……」

と思いながら、

ゴミ箱へ。

前に冷蔵冷凍庫が壊れた時も全部捨てましたが、

まさか半年もしないうちに、また同じようなことになるとは。

でも今回は冷蔵庫の故障じゃない。

北海道全体が大変なことになっているので、もうどうしようもありません。

捨てるものを捨てて、

片付けをして、

その日にできる仕込みを始めました。

ただ、

電気が戻ったからといって、すぐ営業できるわけではありません。

うちには豚骨スープがあります。

これは一から作れば一日仕事。

その日の夕方から作って、

「はい、明日営業します」

というわけにはいきません。

次の日、業者さんから豚骨を納品してもらいました。

そしてその日は、

丸一日、仕込みの日。

豚骨スープを炊いて、

また店を開けられる状態まで戻していきます。

結局、ちゃんと店として営業できたのは、

さらにその次の日でした。

電気が戻って、

街は少しずつ元に戻っていきました。

でも、その途中のすすきのは今でもよく覚えています。

夕方から夜。

まだ暗い場所もたくさん残っている中、

道路の路肩に座って酒を飲んでいる人たちが大勢いました。

おそらく近くの店の知り合いや常連客なんかもいたんだと思います。

そして時間が経つと、

酔っ払ってフラフラ歩く人も出てくる。

暗闇の中をフラフラ歩くその姿。

バイオハザードのゾンビそのものです(笑)

普段はネオンで明るいすすきの。

今まで見たことのない光景でした。

地震が起きて、

停電して、

店の食材を全部捨てて、

また一から仕込み直す。

そして、ようやく営業再開。

店を始めてまだ一年も経っていない頃。

冷蔵冷凍庫が壊れたと思ったら、

今度は北海道胆振東部地震。

なかなかハードな一年目です(笑)

それでも電気は戻り、

またいつものように仕込みをして、

店を開けることができました。

普段なら当たり前のことなんですけどね。

この時ばかりは、

普通に営業できるって、ありがたいことなんだな。

そう思いました。

北海道胆振東部地震の話は、これで終わりです。


 
 
 

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